明日世界が終わるなら、僕は水族館に行こう。
海でもよいけど、海じゃ魚は意外と見られない。
水族館へ行こう。
ガラスの中の魚も、明日は焼き魚になっている。
深海の生き物は、世界が終わっても宇宙を泳ぐ。
ガラスに手を触れて、そのつめたさになぜか命を感じた。
海も、割れるだろうか。
透明な嵐が来て僕たちをバラバラに引き裂いた日。
遠い昔。
そのときから、世界が終わることは決まっていたのだろうか。
僕はそんなことに興味がない。
なかった。
魚は水中に浮かんでいる。
マンボウと目が合う。虚ろな目だった。
クラゲは何を考えているんだろうか。
僕の体の中で、水が暴れる。
自由な水とひとつになりたい。
混ざり合って最初に還って、僕は人生を繰り返す。
初めて目を開けた日。這って、歩いて、喋って、笑って、歯を食いしばって生きてきた。
僕の中の水が全てを覚えている。
愛しさも憎しみも全部一つ。
僕も僕以外の彼らも全部一つ。
僕の孤独が魚だったら……
昔読んだ小説の書き出しも思い出す。
あなたの指はそんなことのために生まれたわけじゃない。
魚は冷静に問いかける。
自分に酔ってるだけじゃない?
多分そう。僕は答える。
僕は生まれつき酔いどれで、素面になったことなんてないのかもしれない。
酔った世界は別に楽しくもないよ。
気が付くとどれくらい水槽の前にいたのか。
指先がすっかり冷たかった。
世界が終わるまであと数時間。
水族館も魚も終わるまであと数時間。
魚は無を知っている。
水は始まりを知っている。
そこへ、向かうだけ。
明日世界が終わるから、僕は水族館へ行く。