彼女はまだ時間旅行をしていた。
空と海が何度もひっくり返る街の中、彼を探していた。
雨の窓際で花は祈るようで、やさしい音楽が聞こえる。
繰り返し、繰り返し。
彼も彼女も幸せになる道を探して、盲目に手を伸ばす。
その指先が痛みに青く染まっても、伸ばすのをやめなかった。
それだから彼は何度も孤独を抱える。
それだから彼女は何度も無力さに震える。
「それでも」という祈りひとつで世界は回る。
関節が擦り切れてしまうまで。
彼女は時間旅行の中で痛みの塔を登って、そこで泣く彼に会いに行く。
伸ばした手が今度こそ、と希望に赤く染まった。
濡れた顔を上げる彼が見えた。
「わたしがいなくても、あなたがいれば」
彼女の祈りだった。
幸せは、最初からここにある。
どこにも行かずに咲いていた。
彼は生きて、彼女は死んだ。
あるがまま、あるべき場所へ。
それを見届けて、彼女の旅は終わる。
やさしい音楽が流れている。それが遠い昔、彼と聴いたものだと彼女は思い出す。
窓の外では雨が降っている。薄膜のノイズが世界を灰青色にぼかしていた。
彼女は最初の場所にいた。
曲がり角の呪いで二人は出会う。
あらかじめ決められた世界で、また擦り切れるほどに巡り別れを繰り返すとしても、彼女は痛みの塔を選んだ。
窓辺に咲いていた赤いゼラニウムと、ぶつかって少し驚いた互いの顔と、いつの間にか上がった雨が二人を照らす。
「あなたがいれば、それだけで」
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【花を携えて】2017/06/30